カニを売っていた
この間、バイトを辞めた。
電話でカニを売る仕事だ。
べつに、仕事が大嫌いだったわけじゃない。
傍目に見たらあこぎな商売だし、私もちょっとどうかと思うことが時々あったのだけれど、
そこに目をつぶればむしろ楽しかった。
今思えば、コールセンターの仕事は私の今までの集積してきたものを一気に爆発させたような気もする。
はじめはマニュアル(これもやや胡散臭かったけれど)通りのことを、多少抑揚をつけて話すにすぎなかった。
しかし、そのうち電話に出た相手のテンションに合わせることを覚えた。
相手が最初に言うひとことふたこと、
「はい」「そうですけど」
それだけで相手がどんなテンションで話す人かだいたいわかってくるのだ。
ゆっくり話す人にはおっとりと、大きい声のおじさんには威勢のいい浜娘風に。
慎重そうな敬語で話してくる人にはかなり堅い言葉づかいから入ってだんだん北海道弁丸出しの必死さを醸し出して。
お母さん世代の声の人には、初めて電話を掛けるがごときの噛み噛みな不器用さで恥ずかしそうに。
相手によって話すスピードや声の大きさ、高低や訛り加減を微妙に調節すると、ガチャ切りされることがずいぶん減って面白かった。
人の顔色を伺って生きてきた。
中学時代に鬱屈とピリピリして過ごしたこと。
高校時代にきょろきょろしながら過ごしたこと。
大学時代に尊大な人馴れをかまし、一方で臆病にちぢこまっていたこと。
その時に目の当たりにして、知らぬ間に習得した、「相手のテンションへの合わせ方」が、電話かけで昇華したと思う。けっこう、ほんきで。